カップ焼きそば

前の記事でも書いたけれど、うちの米事情は相変わらず切迫している。

あの高騰した価格を見たら、気軽に手を出せない。

だから、最近は「タイパ(タイムパフォーマンス)とコスパ(コストパフォーマンス)」

を合言葉に、ひたすらカップ麺で凌いでいる日々だ。




そんな中、たまにどうしようもなく食べたくなってしまうのが、カップ焼きそば。

カップ焼きそばは本当に楽だ。お湯を注いで、タイマーで待って、お湯を捨てて、

ソースを入れて混ぜるだけ。この手軽さこそが、今の私にとっての「非常食」たる所以だ。

でも、唯一、どうにも気になる瞬間がある。

お湯を捨てるとき、流し台のステンレスが「ポコポコ……」と音を立てる、あの瞬間だ。

熱いお湯が急に流れて、金属が膨張する音だろうか。一瞬、妙な罪悪感と寂しさが

混じったような、耳障りな音。

お湯を切る場所なんて、流し台以外にないのに、あの「ポコポコ」を聞くたびに、

妙に孤独な気分になるんだよな。

焼きそば、と聞くと、必ず思い出すのが焼きそばパンだ。

学生時代、あのパンパンに焼きそばが詰まったソウルフードを、何度頬張ったことか。

パサパサしたコッペパンに、焼きそばの濃いソースがじゅわっと染み込んでいく。

「んまいっ!」って、心の中で叫びながら食べるのが常だった。価格も安かったから、

貧乏学生の私でも気軽に買える、最高の満足食材だったんだ。

たぶん、あの時の「満足」の記憶があるからだろう。今でもカップ焼きそばを食べると、

なぜか無性にパンが欲しくなる。

「炭水化物・オン・炭水化物」の背徳感がたまらないんだよな。

今は、タイパがいい、コスパがいい、と自分に言い聞かせながらカップ麺を食べている。

なにせ、米の備蓄が本当に少なくなってきたから、これで凌ぐしかないんだ。

早く、早くコメの価格が落ち着いてくれ!

心の中で何度もそう祈らずにはいられない。

だって、カップ焼きそばを箸でかき込みながら、ふと思うのだ。

タイパもコスパも、もうどうでもいい。

私が本当に食べたいのは、こんなジャンクな味じゃない。

私の一番は、やっぱり、炊きたてのホカホカのあったかご飯なんだ!

あの香り、あの粒の弾力、味噌汁と一緒に流し込む時の幸福感――。

ああ、もう一度、心置きなくお米が食べたい!このカップ焼きそばのソースまみれの口を

白いご飯でリセットしたい!

早く、お米の季節が、価格が、戻ってきてくれますように。



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