私は狭い四畳半の部屋で、ひとり炊飯器の蓋を開けた。立ち上る真っ白な湯気。
その向こうには、つやつやと輝く炊き立ての米が待っている。
白米というのは、本当に恐ろしいほどの包容力を持っていると思う。
和食はもちろん、洋食だって中華だって、どんなおかずも大きな懐で受け止めてしまう。
ラーメンをおかずに米を食い、餃子で追いかけ、時にはナポリタンやステーキといった
面々とだって見事に渡り合ってみせる。さすがは日本の主食、
そのポテンシャルは底知れない。
けれど、そんな「何でもあり」な食卓を一周して、結局最後に戻ってくる場所がある。
私は戸棚から、一粒の梅干しを取り出した。 炊きたての真っ白な山の上に、
ぽつんと赤い宝石を置く。これだ。これだけで、この質素な四畳半の食卓は、
完成された「日本食」へと昇華する。
米と梅干し。 この究極の組み合わせを前にすると、日本人でよかったと心の底から
染み入るような心地がする。どれだけ時代が変わっても、このシンプルさの中にこそ、
揺るぎない真理があるような気がしてならない。
米の懐は深い。けれど、梅干しのような伝統的な相棒に出会ったとき、
その魅力はさらに何倍にも膨れ上がるのだ。
さあ、今夜もこの完璧な布陣で始めよう。 貧乏四畳半、至高の夕餉の宴の始まりだ。
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