築数十年の木造アパート、私の城である四畳半の部屋は、
窓の外を吹き荒れる正月寒波のせいで容赦なく冷え込んでいる。
薄いガラス戸が一枚隔てた向こう側では、冬の嵐が唸りを上げているが、
この狭い空間だけはどこか世間から切り離されたような静寂に包まれていた。
世間では豪華なおせち料理や華やかな祝膳が並んでいるのだろうが、
この四畳半の流儀は少しばかり趣が異なる。年越しそばに、年明けうどん。
そのすべてを私はカップ麺で執り行うことに決めていた。
大晦日の夜、私は緑のたぬきを啜って一年を締めくくった。
そして今、元旦の静かな空気の中で、私は赤いきつねの蓋を開ける。
だが、今年の私は一味違う。なんと、今回は特別に餅を投入するという贅沢に
踏み切ったのだ。
湯気と共に立ち上がる出汁の香りに、私は思わず心の中で叫んでいた。
今年の正月は豪華に餅入りなのじゃあああ、と。
この餅のように、今年は粘り強く、そしてどこまでも伸びやかにこの貧乏生活を
楽しんでやろうと思っている。貧乏だからといって、卑屈になる必要はない。
こうして温かいカップ麺を啜り、年を越し、また新しい麺で新年を迎えられた。
そのささやかな喜びがあれば、それで十分なのだ。
高くは望まない。今のこの暮らしに満足できなければ、貧乏なんてやっていられない。
カップ麺に始まり、カップ麺に終わる。それはこの四畳半という場所において、
元旦の朝日のようにすがすがしい潔ささえ感じさせる。
今年も一年、この愛すべきカップ麺たちにどっぷりとお世話になるつもりだ。
あけましておめでとうございます。なのだ。
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