七草粥の時間です。

 山を越え、犬の散歩道に散った私の壮大な自給自足計画は、無残な結末を迎えた。

手元に残ったのは、冷え切った指先と、泥のついた靴、そして空腹で鳴り続ける腹の虫

だけだった。

七草粥で胃腸を休めるどころか、精神が休まらない。

私は結局、重い足取りで馴染みのスーパーマーケットへと向かった。

時刻はすでに夜の八時を回っている。本来なら、この時間になれば主婦たちの争奪戦も

終わり、棚には静寂が訪れているはずだった。

青果コーナーの隅に、それはあった。

午前中にはあんなに誇らしげに積み上げられていた七草セットが、

今や数えるほどしか残っていない。しかも、パックの右肩には待ち望んでいた赤いシールが

貼られている。半額。その二文字を見た瞬間、私のこれまでの苦労は何だったのかという

虚しさが、安堵感とともに押し寄せてきた。

私は迷わずその一パックを手に取り、カゴに入れた。レジを通る際、店員が淡々と

バーコードを読み取る。道端で犬の放尿に怯え、山を歩き回ってヨモギしか見つけられ

なかった男の悲哀など、誰が知るはずもない。



四畳半の城に戻り、カセットコンロに火をかけた。パックから取り出した七草は、

どれも均一に整い、そして何より清潔だった。洗う手間も最小限、犬の影に怯える必要も

ない。文明の利器と、流通システムという名の恩恵が、私の冷え切った心に染み渡って

いく。

土鍋の中で米が踊り、刻んだ七草が鮮やかな緑を添える。立ち上る湯気を浴びながら、

私は思った。

一から育てる、あるいは野山で採るという野心も悪くはない。

だが、こうして安売りという名のチャンスを掴み取り、賢く生き抜くこともまた、

貧乏四畳半における立派な生存戦略ではないだろうか。

出来上がった粥を口に運ぶ。ほんのりとした苦味と、米の甘みが胃に優しい。

結局のところ、無病息災を願う気持ちに変わりはないのだ。

来年こそはプランター栽培を、という野望を、温かい粥と一緒に飲み込む。

来年のことはまた、来年の私が考えればいい。

今はただ、この半額の七草がもたらすささやかな平穏を、一口ずつ噛み締めることにした。



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