カップそば

 戸棚の奥、薄暗い闇の中でそれは静かに眠っていた。

買い置きの備蓄品を整理しようと手を伸ばした際、指先に触れたカサリという乾いた感触。

引き出してみれば、そこには緑色のパッケージが誇らしげに鎮座している。

年越しそばとして、大晦日の夜に主役を張るはずだったカップ麺の天ぷらそばだ。

あの日、オイラは何をしていたんだっけ。格闘技番組をぼんやり眺めているうちに、

猛烈な眠気に襲われたことまでは覚えている。

結局、除夜の鐘も聞かずに布団に潜り込み、気づけば新しい年の朝を迎えていた。

本来なら一年の締めくくりを彩るはずだった儀式を、オイラは完全に忘却していたのだ。

賞味期限はまだ先だし、何より捨ててしまうのは忍びない。

今さらながらではあるが、この四畳半の城において、カップ麺は立派な主食だ。

少し遅めの、あるいは気の早すぎる年越しそばを、今日の昼飯にすることに決めた。

やかんで湯を沸かしながら、儀式の準備を整える。

蓋を半分まで剥がし、中から粉末スープと、この一杯の命とも言える丸い天ぷらを

取り出す。ここで重要なのが、天ぷらの扱いだ。

オイラは断然、後乗せ派である。



メーカーの推奨がどうあれ、先入れという選択肢はオイラの中には存在しない。

最初から放り込んでしまえば、三分後には天ぷらは無残にも形を崩し、

ドロドロとした塊に成り果ててしまう。それはそれで汁にコクが出るのかもしれないが、

美学に欠ける。

お湯を注ぎ、蓋を閉めて待つ間の三分間。この時間が、四畳半の静寂をより際立たせる。

時計の針が刻む音を聞きながら、オイラは完成の瞬間を虎視眈々と狙う。

時間が来た。蓋を取り、まずは蒸気と共に立ち上がる出汁の香りを深く吸い込む。

箸で麺を軽くほぐし、全体の温度を均一に整えたところで、ようやく真打ちの登場だ。

大切に保管しておいた天ぷらを、慎重に、かつ大胆に麺の上へと鎮座させる。

ここからが二段構えの楽しみ方だ。まずは、汁に浸かっていない部分をひとかじりする。

サクサクとした快い食感と、揚げ玉の香ばしさが口いっぱいに広がる。

これこそが後乗せ派だけに許された特権だ。

次に、あえて天ぷらを汁の海へと沈め、少しだけ待つ。

衣がじわじわと琥珀色の汁を吸い込み、重みを増していく。箸で持ち上げたときに、

絶妙な柔らかさを保ちつつも、中心にわずかな芯が残っている状態。

この「サク」と「フワ」が同居する瞬間を逃さず口に運ぶ。

ひとつのカップ麺で二つの食感を楽しむ。

それは、この狭い部屋で送る質素な生活の中に見出した、ささやかな贅沢だ。

最後の一滴まで汁を飲み干すと、体の中からじんわりと温まってきた。

大晦日に食べ損ねたという事実は変わらないが、こうしてゆっくりと味わえたのだから、

これはこれで正解だったのかもしれない。

空になった容器をゴミ箱へ放り込み、オイラは満足げに息をついた。

さて、腹も膨れたことだし、もう少しだけこの静かな午後を楽しもうか。



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