都会の朝は、きっと私の知らない輝きに満ちている。
最近よく耳にするのが、ナショナルチェーンのモーニングサービスというやつだ。
どうやら都会ではそれが当たり前のように、そして驚くほど人気があるらしい。
翻って、私の住むこの辺境の地はどうだろう。
そもそも、ナショナルチェーンという概念自体がここには存在しない。
町まで足を延ばしたところで、大規模な商業施設は皆無。
当然、モーニングを提供している店なんて指で数えるほどしかないのだ。
そもそも人口が少なすぎて、朝から外で食事をしようという需要そのものが生まれない
のだろう。
私にとって、それはもはや一つの憧れだ。
こんがりと焼けた厚切り食パンに、溶け出したバターがたっぷり染み込んでいる。
その横にはカリカリに焼かれたベーコンと、理想的な半熟の目玉焼き。
色鮮やかなサラダまで添えられて、仕上げに香り高いコーヒーをゆっくりと啜る。
そんな優雅な時間が、わずか五百円ほどで手に入るというのだから、
ありがたい話ではないか。
だが、冷静になってみる。その五百円の朝食をいただくためには、
私は電車を何度も乗り継いで都会へ向かわなければならない。
朝食代よりも交通費の方がはるかに高くつく。お得どころか、とんだ散財だ。
それでも、一度でいいからあの「モーニングサービス」という文化に身を投じてみたいと
願ってしまう。
現実は厳しい。この貧乏四畳半で迎える私の朝食は、いつだって和食だ。
それも、これ以上ないほど純粋な和食。
目の前にあるのは、炊き立ての白米と、湯気の立つみそ汁。
都会の喧騒とバターの香りに思いを馳せながら、私は今日も今日とて、箸を手に取る。
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