夕暮れ時、ふわりとパスタの気分が降りてきた。
とはいえ、相変わらず僕の懐は北風が吹き荒れている。
本来なら、政府からの現金給付やお米券の知らせを首を長くして待っているところなのだけれど、その朗報が届くのが先か、僕の財布が凍死するのが先か、今はそんな瀬戸際の戦いの真っ最中だ。
コスパ最強のパスタで、この窮地を凌いで凌いで、凌ぎ倒してまいります。
どこかの総理大臣のような口調で決意を語ってみたところで、現実は非情だ。
一円たりとも残高が増えるわけではない。
キッチンに立って、戸棚を眺める。パスタと言っても選択肢は広い。
ミートソースにカルボナーラ、あるいはナポリタン。
温めてかけるだけのレトルトソースは魅力的だが、今の僕にはそれすらも少しばかり
贅沢に思えてしまう。
今日は徹底的に、貧乏パスタでいくしかない。
冷蔵庫を確認する。生のニンニクは切らしているが、使いかけのチューブならある。
卵も二個、無事に生き残っていた。味付けはシンプルに塩コショウ。
これがいい。いや、これがいいんだ。
贅沢はできないけれど、工夫次第で腹は膨れる。冷え切った財布のことは一度忘れて、
お湯を沸かし始めることにした。
味気ない食卓かもしれないけれど、今の僕にはこれが最高のご馳走なのだ。
ぐらぐらと沸騰する鍋の熱気に、少しだけ人心地がつく。
手元にあるのは、特売日に買い溜めしておいたパスタの束。
これを茹でている間に、ボウルで特製(という名の苦肉の策)ソースを準備する。
刻むべきニンニクはないから、チューブを思い切りよく絞り出した。
そこに卵を二個割り入れ、塩とコショウをこれでもかと振りかける。
本当ならここにチーズやベーコンの一片でもあれば華やかなのだが、
今の僕にそれを望むのは、砂漠でオアシスを探すようなものだ。焼きあがった目玉焼きの
一つを皿に移し、残りの卵をスクランブル状に茹で上がった麺をザルに上げ、
熱々のうちにフライパンに放り込む。
余熱で卵がとろりと固まり、ニンニクの香りが鼻腔をくすぐる。仕上げに目玉焼きを
のせて粉チーズをふりかければ完成だ。
ただの塩コショウ味が、湯気と一緒に立ち上がると、なんだか立派な料理のように
見えてくるから不思議なものだ。貧乏パスタ、そう呼ばれているらしい。
「いただきます」
一口啜れば、ガツンとしたニンニクのパンチと、卵のまろやかさが口いっぱいに広がる。
給付金がいつになるのか、明日の財布にいくら残っているのか。
そんな世知辛い悩みも、この熱いパスタを噛み締めている間だけは、
どこか遠い国の出来事のように思えた。
凌いで、凌いで、また明日も。
お腹が満たされると、冷え切っていた心に、ほんの少しだけ灯がともったような気がした。
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