むかしむかし、まだサバ缶がひとつ九十八円で売られていた時代があった。
その頃に買い置きをしておいたものが、棚の奥でずっと眠っていた。
今の時代まで大切に温存しすぎて、もはや価格の安さが不安になるほどだ。
今や缶詰は災害対策用の貴重品となり、価格も高騰してすっかり高級品の仲間入りを
してしまった。消費期限は長いから大丈夫だろうと手に取って確認してみれば、
期限は来年まで。月日が経つのは本当に早いものだと、しばし感傷に浸ってしまった。
だが、いつまでも浸っているわけにはいかない。
今夜の晩御飯に、このサバ缶を召喚することに決めた。ここでさらにトマト缶の登場だ。
これもかつての安売りで九十八円にて購入しておいたものだ。
今夜はこれら二つの缶詰を使って、サバのトマト煮を作ってみようと思う。
サバのトマト煮なんて、イタリアンレストランにでも行かなければ
お目にかかれないようなメニューではないか。
それをこの貧乏四畳半で作ることになるとは。
このサバ缶を買い込んだ当時の自分も、まさか数年後にこんな洒落た料理になるとは
思いもしなかったに違いない。
サバ缶料理が全盛だったその頃は、一缶九十八円で山積みされ、
至る所で創意工夫に満ちたレシピを目にしたものだ。
今ではすっかり世の中からすたれてしまった感があるけれど、
棚の奥で静かに眠っていたサバ缶を、私は勢いよく叩き起こすことにした。
サバのトマト煮を、最後の一口まで平らげた。
九十八円のサバ缶と、同じく九十八円のトマト缶。
合わせて二百円にも満たない材料で作った料理だったけれど、その満足感は数字では
測れないものがあった。
貧乏四畳半の小さなテーブルが、一瞬だけイタリアの街角にある食堂に変わったような、
そんな錯覚さえ覚える。トマトの酸味とサバの脂が溶け合ったソースは、
思いのほか濃厚で、冷え切った身体にじわりと活力を与えてくれた。
「ごちそうさまでした」 誰もいない部屋で小さく呟く。
食後の余韻に浸りながら、空になった二つの缶詰を見つめた。
かつては当たり前のように安売りされていた彼らも、今や手軽には買えない高級品だ。
最後の備蓄を使い切ってしまった寂しさはあるけれど、ただ棚の奥で眠らせたまま期限を
切らしてしまうよりは、こうして自分の血肉に変えられたのだから、
サバ缶も本望だったに違いない。
皿を洗うために立ち上がると、足元から忍び寄る冷気に現実に引き戻された。
暖房のないこの部屋は、食後の一時的な熱をすぐに奪い去ろうとする。
胃袋は満たされたが、棚の備蓄はまた一つ減ってしまった。次はどの「秘蔵っ子」を
叩き起こすべきか。あるいは、しわしわになりかけているあの白菜の出番だろうか。
水道から出る冷たい水で皿をすすぎながら、明日の献立に思いを馳せる。
質素な生活の中でも、こうして新しい味に出会えたのなら、今夜は少しだけ良い夢が
見られそうな気がした。
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