長崎名物「皿うどん」

 冷蔵庫を開けると、中途半端に残ったキャベツと、賞味期限が危うい豚肉が目に飛び込んできた。 これをどうにかしなきゃな、と考えた瞬間に思い出したのが、戸棚の奥に眠っていた八宝菜の素だ。

正直、イチから味付けを考えるのは面倒だけど、これさえあれば勝負は決まったようなもの。 さっそくフライパンを火にかけて、肉と野菜を放り込む。 ジューッという景気のいい音と一緒に、香ばしい匂いが立ち上ってきた。

野菜がしんなりしてきたところで、いよいよ真打ちの登場。 素を回し入れて、具材に馴染ませていく。 とろみがついて、一気にプロっぽい見た目に変わるあの瞬間、なんだか自分が料理の天才になったような気がして、ちょっと鼻が高くなる。

あとは皿に盛ったパリパリの麺にかけるだけ。 湯気の向こう側で、あんがキラキラ光ってる。



ひと口食べると、期待通りの安定したおいしさ。 市販の素を使ったなんて言わなきゃバレないくらいの完成度だし、何よりこの手軽さが最高のご馳走だ。 自分で頑張りすぎない料理っていうのも、たまには必要だよな。

湯気の向こうで艶やかに光るあんかけを眺めながら、ふと考えた。 目の前にあるこの皿うどんと、屋台や家でよく食べる焼きそば。 似ているようで、その実態は驚くほど違う。

まず、麺の構えが違う。 焼きそばは、蒸し麺を炒めてソースの香りを纏わせる。 柔らかくて、もちもちしていて、どこまでも庶民の味方だ。 でも皿うどんは、特にこの細麺タイプは、揚げることで完成する。 食べる前からすでにパリパリと音を立てているような、あの強気な姿勢がたまらない。

そして、その上に鎮座するあんかけ。 焼きそばは具材が麺に寄り添っているけれど、皿うどんのあんは麺を支配している。 熱々のあんが麺の隙間に染み込んで、さっきまで尖っていたはずの麺が次第に降参するように柔らかくなっていく。 この、強情なパリパリがしっとりと馴染んでいく変化のグラデーションこそが、皿うどんの物語だと思う。

色白なあんを纏った皿うどんと、茶褐色のソースに染まった焼きそば。 どちらが上というわけじゃない。 お祭りの高揚感を背負った焼きそばも好きだけど、少し贅沢に海の幸や野菜を煮込んだあんと向き合う皿うどんは、どこか大人の色気を感じさせる。

お箸で麺を崩すと、乾いた音がした。 この一口目が、焼きそばには真似できない、皿うどんだけの特別な瞬間なんだ。


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