昼下がりのキッチンに、甘く、どこか懐かしい醤油の香りが満ちていた。
鍋の中では、鮮やかなオレンジ色のかぼちゃが、醤油とみりんの海に浸かって
いる。竹串を通せば、吸い込まれるようにスッと中まで入り込んだ。
「よし、完璧だ」
スーパーの野菜売り場で、四分の一サイズにカットされたかぼちゃと目が
合ったのは、ほんの一時間前のことだ。
おひとり様界隈において、かぼちゃ一玉というのはあまりに巨大すぎる。
四分の一。この慎ましやかなサイズこそが、四畳半の暮らしには丁度いい。
これといった策があったわけではないが、安さに惹かれてついつい買い物かごに
放り込んでしまったのだ。
私が知っているかぼちゃの食べ方なんて、結局のところ、この「煮物」くらいな
ものなのだが。
出来上がった煮物をひとつつまみ食いすれば、口の中でホクホクと崩れ、
かぼちゃの素朴な甘みが広がった。これは今夜の、良い酒の肴になるだろう。
しかし、問題はここからだった。
かぼちゃをタッパーに移し替えると、鍋の底には琥珀色の残り汁がたまっている。みりんと醤油の旨味が溶け出し、さらにかぼちゃから剥がれ落ちた細かな
繊維が、汁をわずかに濁らせて濃厚な黄金の趣きを与えている。
そのまま排水口に流すには、あまりに惜しい。
貧乏四畳半のプライドが、「捨てるなんて、何ということを」と私に囁きかけて
くる。お金がないのに、この一滴に詰まった旨味を無下にするなど、自分を
裏切るようなものだ。
「……再利用、だな」
冷蔵庫を覗くと、玉ねぎがひとつと、卵が二個。
鶏肉があれば親子丼にでもなるところだが、あいにく今は欠品中だ。
ならば「たまご丼」で決まりだ。
かぼちゃの繊維が漂う残り汁に、乱切りにした玉ねぎを躊躇なく放り込む。
弱火でじっくり煮ていくと、玉ねぎが残り汁を吸って飴色に透き通ってきた。
そこへ、手早く溶いた卵を回し入れる。
半熟のところで火を止め、炊き立てのご飯を盛ったどんぶりに一気に
ぶっかけた。
仕上げにネギを散らし、一味唐辛子をパラリと振る。
見た目は、かぼちゃの琥珀色を継承した、見事な黄金色のたまご丼だ。
「いただきます」
箸を入れ、一口頬張る。
……おおおおっ、んまいっ!
かぼちゃの甘みが隠し味となった煮汁は、普通のめんつゆで作るたまご丼よりも
ずっと奥行きがある。シャキシャキ感を残した玉ねぎと、とろりとした卵。
そこに一味の辛みがピリリと全体を引き締めてくれる。
お昼ご飯としては、これ以上ないご馳走だ。
残り汁から生まれた黄金のどんぶりを夢中でかき込みながら、私は今夜の酒と、
タッパーに並んだホクホクの煮物に思いを馳せた。
最後の一滴まで、余さず生きる。
貧乏四畳半のキッチンには、今日もしっかりとした「暮らし」の音が
響いている。
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